センター長から

設立の背景

 SDGsという言葉をご存知でしょうか?持続可能な開発を行うための17の世界共通目標のことで、「社会を変えて、誰一人取り残さない」を合言葉に、2015年に国連サミットで採択されました。 東京オリンピックを控え、国内でも見聞きする機会が増えて来たように思います。 これらの目標のうち実に半分が人と自然の共生に関わるものであり、あらためて環境問題に対する国際社会の関心の高さとその重要性に気づかされます。 今でこそ日本は環境先進国として国際的に高い評価を得ていますが、その道のりは公害という失敗とその克服の歴史でもあります。 そして、日本が経験したような公害は今でも世界各地で進行中であり、日本国内でも新規化学物質の汚染、自然災害への対応、人口や食糧生産・食品流通の構造変化など、新たな問題が押し寄せています。
 SDGsの前身であるMDGsの開始から数年経った2007年に、山梨大学に国際流域環境研究センター(以下、流域センターと呼びます。愛称はInterdisciplinary Centre for River basin Environmentの頭文字をとって「あいくれ」)が設立されました。 本学では、甲斐の国の治水技術の伝統が水工学として引き継がれ、分析化学や微生物学の専門家が加わって、水を中心とした環境研究が徐々に発展して来た歴史があります。 これらのメンバーが集まって2003年より10年間の政府支援事業・COEが始まりましたが、その中間期に、水に関する研究と教育を強力かつ国際的に推進する拠点となるべく、本センターが創られたのです。 この頃から、水問題の健康影響に関心を持つ医学部の研究者とも連携を深め、自然現象から人間社会まで幅広い研究開発を行うと同時に、国際協力や大学院教育も担う総合研究部附属のセンターとして現在に至っています。

研究活動

photo1  「流域」とは元々は水の流れが集まる自然地理的な範囲を指す言葉ですが、近年は「流域圏」のようにしばしば生活や経済にも意味を広げて使われます。 流域センターでは、水と暮らしに関係する4つの分野を立て、10名の専任教員と6名の協力教員、3名の博士研究員で研究活動を行っています。 1つ目の水工分野では、洪水や渇水の予測、水資源の保全と最適配分などを、気候変動も考慮しながら検討しています。 2つ目の水質分野では、水汚染の発生源と経路の特定、水質化学的手法による地下水流動の解明などを行っています。 3つ目の微生物・環境技術分野では、病原微生物や有用微生物の解析方法、飲料水や排水の浄化や有用資源の回収技術などを開発しています。 そして4つ目の健康・社会影響分野では、水と感染症や生活質の関係、水サービスや循環型社会の経済効果などを解析しています。 これらの研究者の専門は、水文学、気象学、地球化学、微生物学、衛生工学、社会医学、経済学など多様です。国内の分野横断的な環境研究では、2001年に政府が設置した総合地球学研究所が有名ですが、大学でこれだけの人材が一つのチームとなって共同研究を進めている例は稀です。 本学の理念である諸学融合は、環境学の真骨頂でもあります。

教育活動

photo2  流域センターのもう一つの重要な活動は、大学院教育を通した人の育成です。 前述のCOE事業と同期して2004年にまず博士課程のプログラム(国際流域総合管理特別コース(当時))を、流域センター設立後の2009年に修士課程のプログラム(国際流域環境科学特別教育プログラム(当時))を開設しました。 そして2014年に、修士課程と博士課程が連結した本学の4つの特別教育プログラムの一つである流域環境科学特別プログラムとして発展しました。 入学者の出身は、各専任教員が担当する学士課程の工学部土木環境工学科と生命環境学部環境科学科に加えて、国内外の他大学の工学部、農学部、理学部などバラエティに富んでいます。 これまでに、修士課程は100名が入学、博士課程は89名が入進学しており、それぞれ70名前後の修了生が国内外の環境・水防災系コンサルタント・調査分析・プラント等の企業、環境・水防災部門を持つ行政・研究機関で活躍しています。 また、世界各地にいる修了生と手を取り合って、流域環境を考える国際的な研究教育ネットワーク・SURF(Science Union for river basin Researches and Friends)を運営しています。
 この大学院プログラムは、数多くの水・環境問題に立ち向かうために、国や地域の多様性を理解したうえで、地域固有の問題を抽出し、望ましい未来像と解決策を創造できる実践的な職業人を育成することを理念としています。 教員の専門に合わせて提供される科目も多様かつ分野横断的に構成され、環境分野の幅広い社会的な要請に応える能力を育てる工夫をしています。 また、文部科学省の「アジア・アフリカの流域においてSDGs実現に貢献する国際的人材育成プログラム(国費外国人留学生を優先配置する特別プログラム)」や国際協力機構(JICA)の開発大学院連携等と連動し、英語を共通言語として、国籍も年齢も異なる学生たちが共同で学習する環境を提供しています。 さらに、SURFネットワークを活用した協定機関での数ヶ月の研修、現地調査への参加、学術集会の企画と運営、国際共同研究指導などの機会も増やし、学生が国際性と世界に通用する交流力を身につける支援をしています。

地域社会への貢献

 流域センターの活動を、研究と教育に分けてご紹介しました。 どの学術分野もそうですが、環境問題を相手にしている私たちにとっても、科学的成果を社会へ還元することは難しいですが大切な使命です。 最後に、流域センターが社会貢献に取り組んでいる二つの例に触れたいと思います。 一つは国際科学技術協力事業・ SATREPS (https://www.jst.go.jp/global/kadai/h2502_nepal.html)というもので、JICAと科学技術振興機構(JST)の支援を受け、ネパールの首都カトマンズで、人口急増による水の安全性の危機を回避する研究を2014-2019年に行いました。 水不足や水質汚染の現状すら十分に把握されていない地域に水資源と汚染と社会ストレスの地図を提供すると同時に、地元の資材と人材を最大限に使って小型・自立・分散型の水浄化装置を配置しました。 大地震や物流阻害の困難を乗り越えてプロジェクトは終了しましたが、その後もこれらの技術が住民と相手国政府に引き継がれていくよう、フォローアップの努力を続けています(2020.5にaXisが開始)。 もう一つはJSTの支援で2019年秋に始まったばかりの、SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム・ SOLVE for SDGs (https://www.jst.go.jp/ristex/solve/project/scenario/scenario19_nishidapj.html)というものです。 ネパールとは逆に人口減少に悩む日本では、実は巨大な上下水道の維持や更新に大きな悩みを抱えています。 SATREPSでの国際経験は国内の問題解決にも役立つはずだと考え、中山間地などの低密度人口地域で小規模な水源や水処理を導入し、従来より社会コストの低い水サービス、日本人の新しい暮らしの形を提案することに挑戦しています。
 水が生命の維持に不可欠であることは誰もが知っていますが、例えば日本のような水資源に恵まれた国では余りにありふれた存在で、日常その重要性を意識することは少ないかもしれません。 一方で、四大公害裁判のうち三つは水の汚染であり、また、上下水道設備の老朽化や過疎地・被災地の水供給・処理、増え続ける豪雨など、現代の日本でも水の不安は決して無くなったわけではありません。 そして、地球環境という言葉とともに、環境問題の視点は水から資源や社会の持続性へと広がりました。 人々のより良い暮らしに少しでも貢献できるよう、流域センターはこれからも学際的な研究、国際的な教育、地域と世界に向けた社会貢献を軸に、活動を続けていきます。

(2020.4山梨大学医学部同窓会誌第26号掲載、一部修正)

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